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患者様の声

第1回 がんになっても生きることに前向き

(膵臓がん 70代 女性)

患者さんは2012年に末期の膵臓がん(すい臓がん)と診断され、樹状細胞ワクチン療法をスタートしました。ご家族や医師に支えられ、治療を受けながら趣味の絵画や登山を楽しんでいる患者さんに、治療や現在の生活について伺いました。

患者さんが樹状細胞ワクチン療法を受けるまで

患者様が樹状細胞ワクチン療法を受けるまでの図

末期の膵臓がん、抗がん剤による延命治療しかないと言われて

最初に気がついた変化は、趣味で通っていたテニススクールで、以前よりボールが飛ばなくなったことです。腕に力が入らず、今までちゃんとネットに届いていたボールがひっかかるようになってしまって。その頃から脂っぽい食べものも食べられなくなりました。じきにトマトぐらいしか食べられなくなり、これは変だなと思って受診したんです。

診断は、末期の膵臓がん。もう手術はできないから、抗がん剤治療を体力がもつ限りやりましょうと言われました。末期と聞いて頭がパニックになってしまいました。
その日、帰宅した息子に告知のことを話したら、インターネットで他に治療法がないか探してくれました。そこで樹状細胞ワクチン療法を見つけて、「進行膵臓がんに新しい治療をやっている病院があるらしいから、その病院に行ってみよう、話だけでも聞きに行こう」と言ってくれたんです。

私は夫をがんで亡くしましたので、末期のがんがどんな経過を辿るのかもだいたいわかっていましたから、「もう助からないのにお金をかけてもしょうがないわ」なんて言って、最初はあまり乗り気じゃなかったんです。でも息子が、「先生が時間を作ってくれたから話だけでも聞きに行こう」と言うので、しぶしぶ腰を上げました。

告知を受けたのが水曜日で、先生にお会いしたのが3日後の土曜日です。5日後の月曜日には検査を受けました。抗がん剤治療を受ける前でしたので、とてもタイミングがよかったのだと思います。樹状細胞ワクチン療法では自分の血液から樹状細胞を培養するのですが、そのためにアフェレーシス(成分採血)をしたり、その間に抗がん剤治療も受けたりしました。

治療を受けるにはいろいろな条件があるということだったのですが、私の場合は幸いすべて合っていたとのことで、治療できることになりました。

対談写真

治療しながら趣味の油絵も楽しめる

実は、最初は効くかどうか半信半疑だったんです。免疫療法といわれてもよくわからなかったですし、中にはあやしい治療もあると聞きますし。でも実際受けてみると、そういう民間療法のようなものとは違うんじゃないかと思うようになりました。

治療自体にはそれほど体の負担を感じていません。ワクチンを打った直後、翌日くらいまでは若干だるい感じがありますが、だるさが消えた後はどこが悪いのか忘れるくらい元気になりました。たくさんは食べられないものの、ときどきは揚げものやお肉もいただいています。
樹状細胞ワクチン療法では、自分の血液からワクチンを作るため、ひどい副作用が起こりにくいということで、その点でも安心して治療を受けることができています。

日常生活にも特に支障はなく、食事のしたくや洗濯など身のまわりのことはすべて自分でやっています。自転車で買い物にも出かけますよ。抗がん剤治療も受けていますから、まったく以前と同じというわけにはいきませんけどね。
調子のいい時は1週間に1回、油絵の教室に通っています。3時間くらいレッスンを受けて、午後は教室のみなさんと食事をしながら1~2時間くらいおしゃべりして帰ってくるんです。2014年には市展で賞もいただきました。

同じ2014年から、年に1度の登山にも挑戦しています。以前から登山は少しやっていたのですが、退院した後息子が誘ってくれたんです。最初の話では尾瀬ヶ原を1周してちょっと歩くだけということだったのですが、行ってみたら合計18キロ、上り下りの行程が2つもあるコースで(笑)、コースの予定時間ぎりぎりまで使って、尾瀬の源泉の湯をたのしんで、なんとか帰ってきました。
2015年は箱根の足柄山で、こちらも簡単だからということで行ったのですが、今度は私にとっては急登のあるコースで……(笑)大変でしたけど、とても楽しませてもらいました。帰りに仙石原の温泉で汗を流してのんびり休んできました。ここまで動けるんだという自信にもなりますね。

治療へと心を動かした「生きることに前向きに」という言葉

最初にお話ししたとおり、私はがんで夫を亡くしておりますので、末期がんの告知を受けた時には「夫は緩和ケアに入って、こんなふうに最期を迎えたわ。私もそうなるのかな」なんて覚悟をしました。治療に関しても半信半疑で、あまり積極的ではありませんでした。
でもそんな私に息子は熱心に治療を勧めてくれて、先生方も「治療に関しては我々ががんばりますから、生きようとすることに前向きになってください」と言ってくださったんです。告知を受けた病院では、もう余命数ヶ月で、体力が続くかぎり抗がん剤をやりましょうということでした。つまり、体力がもたなくなったらあなたは終わりですよ、と言われた気がしたんです。
でも、生きることをがんばってくださいと言ってもらえて、「万が一治療が効かなかったとしても、こういう姿勢の先生方に囲まれていたら思い残すことはないな」と、前向きに治療をがんばってみようという気持ちになれました。
外来で診察してくださる先生も、私の症状にあわせて、抗がん剤の量を調整してくださったり、補助の薬を工夫してくださったり、こまやかに対応してくださいます。とてもお話しやすい先生で、毎回いろいろなことをお話して、油絵で賞をいただいた時も一番に報告したんですよ。

病院に行く日は、息子が会社を休んでついてきてくれるんです。登山も、息子が「山に登ったら免疫力が高まるんじゃないか」と提案してくれたんですね。来年はどこに行こうかなんて、今から考えてくれているみたいです。結婚して家を出た娘も月に1、2回家を掃除しに来てくれます。 こんなふうに家族にとても支えてもらっていますし、先生方にもいろいろな面で助けられて、みんなに守られていると感じます。だから私も前向きに治療を続けようという気持ちでいられるんだと思います。

がんとうまく共存して、2020年の東京オリンピックを見たい

今私が思うのは、患者のほうもある程度自分で勉強しなければいけないということです。医師にまかせきりにするのではなく、患者や家族も、病気や治療について自分でちゃんと調べたほうがいい。「手術ができないからもう助かりません」と言われて、そのまま諦めていたら今の私はなかったですからね。インターネットの情報が全て正しいとは言えませんが、広い知識を得ることができるので、今では私もネットでいろいろと調べるようになりました。

私はもう3年以上樹状細胞ワクチン療法を受けていますが、この治療に出会っていちばんの変化だと思うのは、夢をちょっと遠くの先まで持てるようになったことです。がんを告知されてからは、「今日が終わった」「1カ月が終わった」「誕生日を迎えられた」なんて、とにかく1日1日が無事に過ぎることを考えるのが精いっぱいで、とても短い区切りで人生を考えていました。それが今は、2020年の東京オリンピックを見たいと考えることができるようになりました。ちょっと厚かましいかもしれませんが(笑)がんとうまく共存しながら、そこまで生きていられたらいいなと思っています。
油絵のほうも、もう一度市展にチャレンジしたいですし、年に1度は息子と山にも登りたいですね。夢をもって、人生を楽しむことができていると思います。

末期で手の施しようがないと言われていたところをここまでもたせていただいて、樹状細胞ワクチン療法は大変素晴らしい治療なのだと実感していますし、みなさんにもそうお知らせしたいのですが、とても高価な治療ですよね。治療費の問題で、続けられない人、諦めなければならない人もたくさんいると思います。こういった治療ができるだけ早くみなさんの手が届くものになって、多くの人を救うことができたらありがたいと思いますし、1日も早くそんな日がくることを祈っています。

対談イラスト